インターネットの視覚化「納豆ビュー」 インターネットは世界に広がっているが、そのほとんどは目で見ることができない。なぜ なら、インターネットを流れるデータや、それを制御するソフトウェアは情報であり、情 報というものは目に見えないものだからである。もちろん、コンピュータのソフトウェア を使えば、情報を文字やグラフにして、目に見えるように表示することができる。情報の 量が少ないうちは、簡単な一覧表やグラフでも十分であるが、情報の量が多くなれば、そ れに適した表示方法も必要になってくる。 情報視覚化あるいは可視化という分野は、こうしたコンピュータを使った情報の表示方法 研究する分野である。昔から、人間は複雑なことを説明するときほど、図やグラフを描い たほうが分かりやすいことを知っている。それと同じように,コンピュータを用いた情報 視覚化でも、複雑で膨大な情報を人間に分かりやすく表示することが重要な研究テーマで ある。 複雑かつ広大なインターネットは、まさに情報視覚化のやりがいのある対象である。イン ターネットはいろいろな技術から構成されているので、その視覚化の対象も幅広い。一般 にコンピュータネットワークは,物理層(電気信号を伝送する技術など)から応用層(ユー ザの使うアプリケーションソフトなど)までのいろいろな技術に分けて考えられる.ネッ トワーク技術の視覚化も,それに対応して基礎的なものから応用的なものまで,目的に応 じていろいろな種類が考えられている. たとえば,基礎的な技術の視覚化には通信量の視覚化がある.一般的なネットワーク管理 ソフトでは,ネットワーク機器の通信量を統計グラフにすることができ,時間ごとの利用 率や混雑度などを調べることができる.対象を世界に広げて,インターネットを利用した 国家間の通信量を世界地図の上に図示できるものもある.これを利用すれば,各国のコン ピュータやネットワークの普及率や情報の輸出入の実態を知ることができる. それに対して,応用的な技術の視覚化には,電子メール,WWW,ネットニュース(電子掲 示版)など,一般のユーザが直接目にする情報に関するものがある.たとえば,ネット ニュースの配送経路を図示するプログラムとして,日本では小野秀貴さんの開発した makefeedmap(http://www.tamaru.kuee.kyoto-u.ac.jp/~ono/tools/makefedmap)がよく 使われている.また,ヴァーチャルリアリティによる仮想商店街のようなものも視覚化の 一種といっていいだろう. インターネットに関する視覚化技術は,世界的にも注目されている.アメリカでは,カリ ホルニア大学サンディエゴ校やネットワーク関連企業が,インターネットに関するデータ 分析を研究するための組織CAIDA(http://www.caida.org)を設立した.その中心的な手 段の一つが情報視覚化であり,積極的にいろいろな視覚化ソフトウェアが開発されている. ウェブ空間を視覚化する このようなインターネットの視覚化技術の中でも、一般のユーザの利用価値が最も高いと 思われるのが、WWW(World Wide Web, ウェブ)による情報空間の視覚化である。WWWとは、 ブラウザと呼ばれるソフトウェアでいろいろな会社や個人のホームページを見ることがで きるおなじみの情報提供サービスである。今では、WWWはインターネットでいろいろな情 報を得るための最もポピュラーな方法に成長した。 WWWの特徴は、文書(ウェブページ)の中に、関連文書へジャンプするためのリンクを埋め 込めることである。ユーザは、ページからページへとリンクをたどることによって、知り たい情報を探しだすことができる。このようなシステムをハイパーテキストという。イン ターネットにハイパーテキストシステムを実装したことで、世界中の情報がリンクによっ てつながりあった巨大な情報空間が実現した。 さて、ここで自分がインターネットにアクセスして、ウェブページを読んでいるときのこ とを思い浮かべてほしい。自分の興味のある文書からは、たいてい読んでみたい文書への リンクが何本も張られている。そのうちの1つをたどってみると、たどった先の文書から はまた違う文書へのリンクが張られている。リンクをたどっていくにつれて、次々と新し い情報を発見することができて実に楽しい。 ところが、そうやってリンクをたどっているうちに、どこをどう巡ってきたのか分からな くなってしまった経験はないだろうか。それも、役に立つ情報を検索するのに集中してい るときほど、自分のたどってきた道筋を忘れてしまうものである。その結果、あの文書を もう一度読みたいのだが、どこにあったのだろうかと探しまわったり、何かかんじんな文 書を読み残していないだろうかとチェックして回ることになる。 そんなときこそ、視覚化が有効である。情報空間を地図のように視覚化できれば、周囲の 状況と道筋を確認しながらリンクをたどっていけるからである。しかし、情報には建物の ような位置関係はないし、リンクは道路の立体交差よりもずっと複雑なので、地図のよう に見やすく視覚化することは難しい。いままでもハイパーテキストの視覚化はいろいろと 提案されてきたが、リンクが錯綜して見やすいとはいえなかった。 さらに、インターネット上にあるWWWの視覚化は、通常のハイパーテキストの視覚化より もはるかに難しいといえる。なぜなら、CR-ROMに収まるぐらいの大きさならば、あらかじ めすべての情報を収集して地図を作っておくこともできるが、WWWの情報は世界に分散し ており、何万人という人によって毎日更新されているからである。 同じWWW空間でも、個人の管理できる程度の範囲ならば、視覚化はそう難しくない。市販 のホームページ作成ツールの中には、ユーザが書いたウェブページがアイコンとして表示 されるものもある。この方法は、自分のウェブページの作成には非常に便利なのであるが、 残念ながら、他人の書いたページを読むときには役に立たない。 納豆ビュー ここで紹介する「納豆ビュー」は、新しいアプローチによるWWW空間の視覚化である。そ れは、インタラクティブな操作ができる視覚化である。納豆ビューでは、ユーザはシステ ムの提示した視覚化をさらにマウスで直接操作して、自分の見やすいように加工すること ができる。特にWWWの場合、見やすい視覚化を自動的に生成するのは難しいので、このよ うな方法が適している。また、紙に描いた図ではできない、コンピュータの長所をいかし た方法でもある。 納豆ビューは、あるウェブページを起点とした周囲のページのリンク関係を、3次元グラ フィクスを利用して表示する。その際、1枚1枚のウェブページ(以後ノードという)を球で 表し、その球と球をつなぐ線でリンクを表す。このときリンクの多いノードほど大きめに 表示している。納豆ビューは従来の3次元視覚化と異なり、初めからノードを3次元空間に ばらまかず、まずは適当なアルゴリズムで平面的に配置する。これは、持ち上げ操作とい うインタラクティブな操作ができるようにするためである。 納豆ビューの最大の特長は,インタラクティブにノードを持ち上げたり下げたりできるこ とである。ユーザは,自分の注目したいノードをマウスで適当に選択して,それを持ち上 げる(つまみ上げる)ことができる.すると、持ち上げたノードのリンク先ノードが,納 豆が糸を引くように後につられて持ち上がる.自分の注目したいノードを上に上にと持ち 上げれば,そこから出ているリンクと共にリンク先のノードが次から次へと何段階もずる ずると持ち上がっていく。 注目ノードのまわりをさらに詳しく知りたいときには,それを高く持ち上げていけば、ノー ド同士の関連性を遠くまで見ることができる。つまり、納豆ビューでは,上下方向がユー ザの関心度を表す座標軸になっている。2次元のグラフでも、横軸は変化する量,縦軸は 変化させられる量という意味があるように、3次元視覚化でも、方向に明確な意味があっ た方が表示の意味が分かりやすい。 この視覚化には、情報空間の全体的な構造と、注目ノードのまわりの局所的な情報の関連 性を、同時に眺めることができるという利点がある。ユーザは、自分の注目したいところ を解きほぐしながら、同時に全体の表示も見ることができる。これは、普通の地図とは異 なるところである。カーナビを使っているときを想像してもらえばよいが、地図では、縮 尺を上げて近くの交差点を確認しようとすると、遠くの目的地が表示域から外れてしまう。 逆に目的地も表示されるように縮尺を下げると、自分の周囲の様子がよく分からなくなっ てしまう。 この全体と細部を同時に表示するというのも、インタラクティブな操作と並ぶ情報視覚化 の基本的な考え方の1つである。それを実現するための方法はいろいろあるが、納豆ビュー では、ユーザがノードを持ち上げて、絡みあったリンクを解きほぐせるようにする、とい う手法を新しく提案した。 さらに、納豆ビューは3次元視覚化なので、ビューの回転や平行移動をすれば、他のノー ドの裏に隠れてしまったノードをまわりこんで見ることもできる。また、ユーザが、納豆 ビュー上のまだアクセスしていないノードを選択すると、そのノードからリンクでつながっ ているノードが次々と現れてビューが広がっていくので、視覚化の範囲は無制限である。 技術的には,納豆ビューもNetscape CommunicatorやInternet Explorerと同じブラウザの 一種である.通常のブラウザは,ネットワークを通してウェブページを取得してから,そ の内容を表示するが,納豆ビューは取得したページを解析して他のページへのリンクだけ を抽出する.そして,リンク先の一覧表を元にして,3次元グラフィクスの視覚化を表示 する.つまり、ブラウザとの違いは最終的な表示形態だけである。 納豆ビューのような視覚化は、サーチエンジンと組み合わせて利用するとさらに効果的で あろう。サーチエンジンは膨大な情報を扱っているので、キーワードだけではなかなか決 定的な情報にまでしぼり込むことができない。そこで、サーチエンジンで所望の情報のあ りそうなところにまず行ってから、リンクをたどって周辺の情報を調査することも多い. そんなときに視覚化は便利である。 サーチエンジンと連動した視覚化の実例としては,NTT情報通信研究所のTITANというサー チエンジンで、図を使った検索要求の絞りこみと検索結果の3次元視覚化の研究が行われ た例がある。また、Open Text社や、Yahoo!社なども自社のデータベースを元にした、 WWW空間の視覚化を開発している。 インターネットに関連した視覚化の実例は、他にも紹介しきれないほどあり、今後、ます ます重要になっていくと思われる。Cyber Geography Research (http://www.cybergeography.org/)では、いろいろな視覚化を美しくまとめており、さな がら仮想美術館のように楽しめる。 なお、紹介した納豆ビューのプログラムの ソースコードは、http://www.mos.ics.keio.ac.jp/NattoView/から入手することができる。 文献 塩澤 秀和,西山 晴彦,松下 温. 「納豆ビュー」の対話的な情報視覚化における位置づけ. 情報処理学会論文誌 Vol.38 No.11, pp.2331-2342, 1997. 鷲崎 誠司, 菊井 玄一郎, 林 良彦. WWW上の情報探索システムにおけるインタラクティブインターフェイス. インタラクティブシステムとソフトウェアIV, 田中二郎(編), 近代科学社, pp.1-10, 1996. 平川 正人, 安村 通晃 (編). ビジュアルインタフェース:ポストGUIを目指して. Bit別冊, 共立出版, 1996.